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奇跡講座(奇跡のコース)ワークブック編レッスン27
レッスン27 《何をおいても、私は観たい。》
今日のレッスンは、単なる決意よりも強いものを表現しています。
それはあなたの数ある欲望の中で本当に観ることを最優先にすることです。
あなたは本当にそれを望んでいるかどうか確信がないという理由で、この言葉を使うことにためらいを感じるかもしれません。
それでも問題はありません。
今日の練習の目的は、この言葉が完全に真実になるその時に少しでも近づくことです。
《何をおいても、私は観たい》と言うとき、それは何らかの犠牲がともなうと思いたくなる大きな誘惑に駈られるかもしれません。
もし、交換条件が含まれてもいないということに不安を感じたら、次の言葉を付け足してください。
本当に観る事は誰にも犠牲を強いたりすることはありません。
もし、それでも、恐怖がなくならなければ、さらに次の言葉を言ってください。
本当に観るということはただ祝福がもらたされるだけです。
最大限の恩恵を引き出すためには、今日の見方は何回も繰り返し復唱することが必要です。
少なくとも30分に1度、あるいは、可能であればそれ以上の頻度でこの考えを使うべきです。
15分おきか20分おきに試してみるとよいかもしれません。
朝目を覚ました時、あるいは目を覚ました後すぐに、はっきりとした練習時間と練習時間の間隔を設定して、一日中それを守るようにしてください。
会話をしていたとしても、あるいは、何か別のことをしていたとしても、それをすることは難しくはないはずです。
その時、していることの何かを邪魔することなく、一つの短い文章を自分自身に向かって繰り返すことはできるはずです。
真の問いは、あなたがどれくらいの頻度でそれを思い出すかということ、そして、どれほど真実であってほしいと思うかです。
これらの二つの質問の一つに答えれるならば、もう一つの質問にも答えたことになります。
あなたはおそらくはこの今日の練習を何回か忘れるでしょう。
ひょっとしたら何回も忘れるかもしれません。
でもそれで心を悩ませないでください。
しかし、その思い出したその時からはスケジュールに従うようにしっかりと努力してください。
一日の間で、今日の言葉を繰り返しているときに完全に心から言えていると感じることが1度でもあったなら、これから何年もかかるような努力を省くことになることを、実感する時が来るでしょう。
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