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奇跡講座(奇跡のコース)テキスト編第7章 「神の国の贈り物」7-1本文
第7章7-1 最後の一歩
ACIM-Text- chapter7-1-1
神と神の被造物たちが持つ創造力は限りないものですが、両者が互恵的な関係にある訳ではありません。
神があなたと完全にコミュニケーションをしているのと同じように、あなたは神と完全にコミュニケーションをしています。
これは限りなく続くプロセスであり、それをあなたは分かち合っています。
そしてそれを分かち合っているからこそ、神と同じく創造できるように霊(Spirit)に満たされています。
けれども、創造においては、あなたと神がと互恵的な関係にあるのではありません。
なぜなら、神はあなたを創造しましたが、あなたは神を創造しなかったからです。
私は既に述べたように、この点においてのみ、あなたの創造力は神の創造力とは異なっています。
この世界においてさえも、それに類似する例があります。
親は子供を産みますが、子供が親を産むことはありません。
しかし、子供もまた自分の子供を産むので、産むということにおいては親と同じです。
ACIM-Text- chapter7-1-2
もし、あなたが神を創造し、その神があなたを創造したとすれば、神の国は、それ自体の創造的な想念を通して増大することは出来なかったでしょう。
そうなると、創造は限られることになり、あなたは神との共同創造主とはならなかったでしょう。
神の創造的な想念が神から発してあなたへと移るように、あなたの創造的な想念も、あなたから発してあなたの被造物たちへと移ります。
ただこのようにしてのみ、全創造力が外へ向かって拡張することができます。
神の達成はあなたの達成とは異なりますが、あなたのそれは神のそれと同質です。
神は、一なる子を創造しました。
そしてあなたはそれを増大させます。
あなたには神の国を拡大させる力がありますが、神の国を創造した創造主を拡大させる力はありません。
あなたが神と神の国を守るためにのみ警戒するようになった時、あなたはこの力を自分のものとすることが出来ます。
この力をあなたのものとして受け入れることによって、あなたは自分の本性を思い出すことを学んだことになります。
ACIM-Text- chapter7-1-3
あなたが神に属するのと同様に、あなたの被造物たちはあなたに属しています。
あなたの子供たちが神の子の重要な一部であるのと同様に、あなたは神の重要な一部です。
創造することは、愛することです。
愛は抑えられるものではないという単純な理由により、外に向かって拡張します。
愛は無限のものであるので、留まることはありません。
それは永遠に創造しますが、時間の中で創造するのではありません。
神は常に存在しているので、神の被造物たちも常に存在してきました。
あなたは神が創造するようにしか創造出来ないので、あなたの被造物たちも常に存在してきました。
神はあなたを永遠なるものとして創造したので、永遠性はあなたのものです。
ACIM-Text- chapter7-1-4
これに反して、 自我は互恵的、すなわち特別な便宜や恩恵などを相互に図り合う権利を常に要求します。
なぜなら、 自我には愛するよりむしろ競争心があるからです。
自我はいつでも喜んで取り引きをしようとしますが、相手と同じということは取り引きが不可能だという意味になることが 自我には理解出来ません。
得る為には、取り引きするのではなく、与えなければなりません。
取り引きすることは、与えることを制限することであり、これは神の意志ではありません。
神と共に意志するということは、神と同じように創造することです。
神は自身の贈り物をどのような形においても制限しません。
あなたこそが神の贈り物です。
それ故に、あなたの贈り物は必ず神の贈り物と同じになります。
神の国への贈り物は、神からあなたへの贈り物と同じにならざるを得ません。
ACIM-Text- chapter7-1-5
私は神の国にのみ愛を与えました。
なぜなら、愛が私の本性だと信じたからです。
あなたが自分を何であると信じるかによって、あなたの贈り物が決まります。
そして神が自らを拡張してあなたというものを創造したのなら、あなたが出来るのは神がしたようにあなた自身を拡張させることだけです。
喜びと永遠とは分かつことが出来ないので、ただ喜びだけがいつまでも増大します。
神は限界をも時間をも越えて、外に向かって拡張します。
そして神と共同創造主であるあなたは、永久に限界を越えて、神の国を拡張させていきます。
永遠性こそが、消すことの出来ない創造の刻印と言えます。
永遠なるものは、いつまでも平安と喜びに満たされています。
ACIM-Text- chapter7-1-6
神と同じように考えるとは、あなたの本性についての神の確信を分かち合うことであり、神と同じように創造するとは、神があなたと分かち合っているこの上ない愛を分かち合うことです。
そこに向かって 聖霊はあなたを導きます。
それにより、神の国が全一であるが故にあなたの喜びが完全となります。
私が既に述べたように、再び叡智に目覚める為の最後の一歩は神によって踏み出されます。
これは真実ですが、言葉は象徴に過ぎないので、これを言葉で説明することは困難です。
そして、真実であるものは説明する必要はありません。
しかし、 聖霊は無益なものを役立つものに、無意味なものを意味あるものに、そして一時的なものを時間を超越したものに変える任務を担っています。
従って、 聖霊はこの最後の一歩について、いくぶんかのことは教えられます。
ACIM-Text- chapter7-1-7
神は段階を踏みません。
神の達成は順を追って徐々に実現されることではないからです。
神は教えることもしません。
神の被造物たちは不変だからです。
神が最後に何かをすることはありません。
神は最初に創造し、そしてそれが永遠の創造だったからです。
神に対して用いられる「最初」という言葉は、時間的な概念ではないということが理解されなければなりません。
神は聖なる三位一体において第一番目という意味で、最初なのです。
神は原初の創造主です。
なぜなら、神は自分の共同創造者たちを創造したからです。
神がそのように創造したからこそ、時間は、神にも神が創造した被造物たちにも当てはまりません。
従って、神が踏み出すことになる「最後の一歩」とは、始めも、今も、これからも、永久に真実であり続けます。
時間を超越したものは常にそこに存在します。
その本質は永遠に不変だからです。
それは永遠に増大するものとして創造されたので、増大することによって変化しません。
あなたがそれを増大しないものとして知覚するなら、それが何なのかをあなたは知らないのです。
また、誰がそれを創造したのかも知りません。
これまでこうしたことが隠されたことは一度もなかったので、それを神が啓示することもありません。
神自身の光を分かち与えることが神の意志なので、それが覆い隠されたことは一度もありません。
十分に共有されているものが、与えずにおかれた後に啓示されることがあり得るでしょうか。
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