奇跡講座テキスト編14章 14-9 聖性の反映

奇跡講座(奇跡のコース)テキスト編14章 「真理をめざす教え」より

 

14章14-9 聖性の反映

ACIM-Text- chapter14-9-1

贖罪によって神聖にされるのではありません。

あなたは神聖なものとして創造されたのです。

贖罪は単に神聖でない状態を神聖な状態にしたり、自分で作ったものから本来の自分に戻したりしてくれるに過ぎません。

幻想を真理へ、または 自我を神へともたらすことが 聖霊の唯一の機能です。

自分で作ったものを神の目に入らないようにしようとしてはなりません。

なぜなら、隠そうとしたことで神と自分自身の叡知を犠牲にしてしまったからです。

叡知には何事もありませんが、それから離れたあなたは、どこで安心していられるでしょうか。

それは、時間を作り上げて、時間のない状態に取って変わらせたのは、本来の自分ではなくなろうと決断したことによります。

こうして真理は過去のものとされ、現在は幻想の世界に没入しています。

そのうえ、過去は変えられて、常にあったものと今との間にさしはさまれています。

あなたが覚えているという過去は全然なかったし、ただ常にあったものを否定しているということを表しているだけです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-2

自我を神にもたらすとは、単に間違いを真理へともたらすことであり、そこで出会うものと反対なので、 自我は間違っていたことを認めることになります。

矛盾したものはもはや成り立たないので、 自我は取り消されます。

矛盾するものが存在できるはずがないことがはっきり見えてきたら、それをいつまで維持できるでしょうか。

光を当てたら消滅するものを攻めることはありません。

そのようなものは真実ではないのですぐ消えてしまうだけです。

異なった実在性など無意味です。

実在は一つでなければならないからです。

それに、実在は時間や気分で変わったり偶然変わったりすることはできません。

その不変性がその真実性を証明します。

取り消すことなどできません。

取り消すことは、実在しないもののためにすることです。

これを、実在は確かにあなたのためにしてくれるのです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-3

真理は、ただ真理そのものであることなので、そうでないもの全てからあなたを解放します。

贖罪は実に従順なので、そっとささやきかけさえすれば、その持てる全力を駆使してすぐさまあなたを援助し支えてくれます。

神が傍にいてくれれば、あなたはか弱い存在ではありません。

ですが、いてくれなければあなたには何の価値もありません。

贖罪が神をあなたに差し伸べてくれます。

あなたが受けとるのを拒んだ贈り物はあなたの中に神がとっておいてくれます。

聖霊があなたのためにそこに保存しておいてくれます。

神は自分に捧げられた祭壇に、たとえ参拝者たちが他の神々を奉っていようと、そこから去ってはいません。

聖堂は神聖なままです。

その中に留まっている存在は確かに神聖な存在だからです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-4

聖堂の中は神聖であり、それを好む参拝者が戻ってくるのを静かに待ち受けています。

そこに居る存在は参拝者が純真で恩寵満つる状態に戻ると分かっています。

神は慈悲深く、参拝者をやさしく受け入れてくれ、その人たちがどれほど胸の痛みや喪失感を抱いていようと、父の愛は永遠に続くものだからと安心させてもらえます。

そこで死に対する恐怖は、生きる喜びに取り替えられます。

神は生命だからです。全ての人はその生命のうちに生きています。

生命は聖なる存在に創造されたのであり、その存在と同じように神聖です。

神聖な存在である存在は生きとし生ける全てのもののうちに生きています。

というのも、神聖なるものは生命を創造しておいて、自らと同じように神聖に創造したものを置き去りにしたりしないからです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-5

この世界で、あなたは一点の曇りもない鏡になれます。

そして、創造主の神聖さを周りの全ての人に映し出せます。

ここに、天国を反映できるのです。

ただし、他の神々の偶像を反映して、神を映し出す鏡をくもらせてはなりません。

この世界は、天国か地獄、すなわち神か 自我、そのどちらでも反映できます。

あなたは、自分で描いていた秘密の暗闇の偶像を鏡から全部消して、その鏡をきれいにしておくだけでいいのです。

神がご自身を映し出してくれるでしょう。

そこには、神をくっきりと反映するものだけを知覚できるのです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-6

何かを反映するものは、光の中でこそ見えます。

暗闇の中では、不明瞭になり、それそのものの意味をよみとれず、むしろただどう解釈するかで意味があるように思えます。

神を反映しているものは解釈の必要はありません。

それは、一目瞭然です。

ただ鏡をきれいにしておけば、誰もが見えるように鏡が映し出すものから輝き出るメッセージを、理解し損なったりするものは一人もいません。

それは 聖霊が一人ひとりの内なる鏡に映し出しているメッセージです。

誰もが、その必要性を教わっていたのでそれに気づくが、どこを捜せば見いだせるか分かっていないだけです。

だから、そのメッセージがあなたのうちにあるのを見せて、分かち合うことにすればいいのです。

 

ACIM-Text- chapter14-9-6

たとえほんの一瞬でも、自分の中で輝く神の反映が癒す力を世界中にもたらせると認識すれば、世界を癒す聖なるものの心象を受け取るために、自分の心の鏡をすぐにきれいにせずにはいられ無いはずです。

自分の心の中で輝くその心象は不明瞭ではなく、変化することもありません。

その心象が言わんとすることは見る者にとってあいまいではありません。

それは、誰もがそれを同じように知覚するからです。

誰もがそれぞれに、自分の悩みをその心象のもてる癒しの光で照らしてみれば、全ての悩みは全部そこで癒されます。

 

ACIM-Text- chapter14-9-7

間違いがどんな形であろうと、聖なるものはいつも同じように反応します。

聖なるものが呼び起こすものには、何の矛盾もありません。

何がもちだされるかに関わらず、唯一の反応は癒すことです。

ただ癒しだけを差し伸べることを学んだとすれば、その人たちのなかには聖なるものの反映があるからなのですが、その人たちはついに天国への用意ができたと言えます。

そこでは、神聖であることは何かの反映ではなくて、むしろ、ここでその人たちに反映されているものの実際の状態です。

神は、心に描く像ではありません。

そして、神に創造されたものは、神の一部だから、真実神が自分の心の中にあります。

神に創造されたものは、ただ真理を反映するだけではありません。

なぜなら、創造されたものはまさに真理そのものだからです。

 

奇跡講座(奇跡のコース) テキスト編第14章「真理をめざす教え」目次

14-0  序論

14-1  学びの条件

14-2  幸せな学習者

14-3  無罪性を選ぶ決断

14-4  贖罪におけるあなたの機能

14-5  贖罪の環

14-6  コミュニケーションの光

14-7   聖霊と知覚を分かち合う

14-8  聖なる出合いの場

14-9  聖性の反映

14-10  奇跡の同等性

14-11  真理の識別法

 

奇跡講座(奇跡のコース) テキスト編、ワークブック編、マニュアル編 各目次

テキスト編 1章~31章 目次

ワークブック編 レッスン1~365 目次

教師のためのマニュアル編 1~29 目次

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目次

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