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奇跡講座(奇跡のコース)テキスト編19章19-3 罪の非実在性(1-5) 本文
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罪悪の魅力は、罪のなかに見いだせるのであり、誤りの中に見出せるのではありません。
こんな魅力のために、罪は繰り返されることになります。
恐れが強烈になり、罪を表現することが拒否されることも有り得ます。
しかし、罪悪が魅力的であり続けるうちは、心は苦しみ、罪という考えを手放そうとはしないでしょう。
なぜなら罪悪はなおも呼びかけ、心はそれを耳を貸し、それを切望し、自ら進んでその病んだ魅力に虜になってしまうからです。
罪とは、訂正不可能だが、永遠に望ましい悪という想念です。
それは、 自我があなたの本性だと思い込んでいるもののなくてはならない一部分なので、あなたはそれをいつまでも望むことになるでしょう。
そして、あなた自身のと異質の心を持つ復讐者だけが、恐れを通してそれを根絶できるということになります。
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自我は、「罪に呼び掛けられているのは恐れではなくて愛であり、しかもその愛が必ず答えてくれる」ということなど、有り得るとは考えません。
というのも 自我は、罪を恐れのもとに運び、処罰を要求するからです。
ところが、処罰とは罪責感を保護するもう一つのかたちにすぎません。
処罰を受けるに値するものは、実際に行われたに違いないからです。
処罰は常に罪の大いなる保全者であり、敬意を持って罪を遇し、その巨大さを崇めます。
罰されるべきものは、真実であるに相違ないというわけです。
そして真実であることは永遠であるはずであり、だから果てしなく繰り返されることになります。
というのも、あなたは実在していると思い込んでいるものを望み、それを手放そうとはしないからです。
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その半面、誤りは魅力的なものではありません。
あきらかに間違いであると分るものであれば、あなたは訂正されることを望みます。
時に罪は、どう見ても悲惨な結果が伴うというのに、人を引きつける力は失われず、何度も何度も繰り返されることがあります。
そして突然、あなたはその地位を罪から間違いへと変更します。
そうなったら、あなたはそれを繰り返さなくなり、単にそれをやめて、手放すようになります。
ただし、罪悪感が残っている場合は別です。
なぜなら、そうなると、あなたはただ罪のかたちを変えるだけであり、それが誤りだったと認めはしても、それを訂正できないままにしておくからです。
これは実際にあなたの知覚が変化したことにはなりません。
なぜなら、刑罰を要求するのは罪であって、誤りではないのからです。
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聖霊は罪を罰することはできません。
間違いであれば、 聖霊は認識し、神から任されている通りに、その全部を訂正しようとするでしょう。
しかし、 聖霊は罪を知らず、訂正できないような間違いというものを認識することもできません。
というのも、訂正できないような間違いなどというものは、 聖霊にとっては無意味だからです。
間違いとは、まさしく訂正されるためのものであり、訂正以外の何も要求しません。
処罰を要求するものは無を要求せざるを得ないのです。
間違いはどれもみな、愛を求める呼びかけ以外ものでは有り得ません。
では、罪とは何でしょうか。
それはあなたが隠したままにしておこうとするただの間違いにすぎないのではないでしょうか。
すなわち、誰にも聞かれることなく、応えられないまましておこうとする、助けを求める呼びかけ以外の何でしょうか。
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時間のなかでは、 聖霊には、神の子が間違いを犯し得るということははっきりわかっています。
この点では、あなたも 聖霊の心眼(ヴィジョン)を共有しています。
だが、あなたは時間と永遠との違いについての 聖霊の認識を共有してはいません。
そして、訂正が完了したときには、時間は永遠そのものになります。
聖霊はあなたに、これまでと違う見方で時間を眺め、時間を越えたところを見る方法を教えることができます。
しかし、あなたが罪を信じる間は、それを教えることができません。
誤りを信じているのなら、教えることはできます。
誤りは心で訂正し得ることであるからです。
しかし罪とは、自分の「知覚することは変えられないものであり、心は知覚を通して告げられることを、真実として受け入れなければならない」という信念です。
もしそれに従わないと、心は正気ではないと判断されます。
こうして、知覚のしかたを変えることができる唯一の力は、 身体に縛られ、かくして無能にされ続けます。
心をそこに繋ぎとめているものは、心と一体である心の教師がもたらすはずの知覚の変化に対する恐れです。
〔19-3 罪の非実在性(6-11)〔奇跡のコース テキスト編 日本語訳〕に続きます〕
奇跡講座(奇跡のコース) テキスト編19章目次
19-4-B 第二の障害‐「 身体はそれが提供するもののゆえに価値がある」という信念